みんなの体験談
「性格だから」で済ませてしまい、妻に寄り添えなかった
ADHD診断と服薬、商業系高校を選んだ我が家
面接のない情報学部を、親子で逆算して選んだ
卒業間際の面談で、担任からポロッと言われた一言
自分が悩むこと、子どもが悩むこと、全部勉強
中学のサポートルームの利用
「理解力が低い」と思っていた娘、WISCで見えた本当の姿
支援級には移さなかったが、受けられている個別サポート
病名ではなく『取扱説明書』を求めて
「毎日通えるところ」が、高校選びの最優先
言葉が単語で終わってしまう子と、交換日記を始めた
皆勤賞だった子が、小4の春に玄関で動けなくなった
親以外に頼れる大人が、何人いるか
「できない」と「向き合っていない」を区別する
娘を変えた絵の才能
5年で不登校、6年で仕事を辞めて付き添った日々
娘と私の場面緘黙
支援級の先生との相性が大事
国語と算数だけ支援級、それが本人にちょうど良かった
「うちの子は元気なだけ」で済まされた数年間
「この子ASDなんだ」に飲み込まれていた頃の自分へ
ペアトレで学んだ、小さなことで変わりだした行動
「自衛隊」みたいな支援高校か、通信制か
小学校は不登校気味でも、中学は嫌いじゃなくなってくれた
「問題ないですよ」を信じて、出だしでこけた小学校
通知表は1か2、それでも本人は「友達の行く高校に行きたい」
「カミ1枚」しか情報のない中学で、私が先生に印象づけに行く
中1の3学期から行き渋り、支援級に戻した中2の今
高校1年の後半、仲の良い先輩の卒業から始まった嘔吐
厳しい指導の支援級で成長したものの、質問するのが怖くなってしまった
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